トップページ > テレビ > 刑事コロンボ 殺人処方箋

 2010年5月8日更新

刑事コロンボ「殺人処方箋」 コロンボシリーズ第一作

2010年4月9日NHK-BShiにて鑑賞


『ワトソン君、犯人は君だ!』


「刑事コロンボ」は、天界を追われた堕天使が、コロンボによって地の下の荒野に落とされるまでを描いたドラマだ。
 天界を追われた堕天使とは、すなわち成功者の世界から脱落する罪人のことだ。彼は、天から授かった栄光をその罪ゆえに奪われ、罰せられるのだ。コロンボは天使の役目を担って現れる。天使だからこそ堕天使の存在が見えるのである。この第一作における犯人は、コロンボを「狡賢い妖精」といっているが、自然界の精霊である「妖精」と彼とは異なる。そんな甘くはない。彼は天界からの使命を授かってやってきたのだ。コロンボの犯人追及のしつこさの内実は、犯人の心に常に語りかけ、神にかわり「試す」ことにある。「罪を犯しましたね」と再三再四、問いかける。そのしつこさはまるで悪魔払いの手つきだ。それは、犯行現場を目撃してしまったテレビのこちら側の我々にとっても、まるで自分たちが問いつめられているようにさえ感じる凄まじさだ。高い知能を駆使した自分の論理は、間違っていないと信じる犯人。事実、コロンボの問いかけは論理の上で否定され続ける。犯人が追いつめられるのは論理の破綻によってではない。机上で計算された論理に欠けていた、犯罪としてのリアリティをつきつけられた時に、犯人はついに自らを罪人(堕天使)と認めるのだ。論理の上にフワフワと浮いていた罪の意識が、現実の前にふいに現れる。犯人の驚愕の表情を眼の前に突きつけられて、我々は、犯人発見による単純なエンディングよりも衝撃的なカタストロフィを感じることになるのだ。
 コロンボの犯人に対しての底意地の悪さは、ともかく人間離れしている。それは、通常、警官や聖職者が抱くような、単純な使命感や正義感に基づいてるとはとても思えない。一見人間臭く見える冴えない風体も、度を超していて、かえって、生身の生活臭から遠ざかっている気がする。犯人を油断させるためというより、テレビの前の我々を欺くためなのかもしれない。“うちのカミさん”も登場することがなく、そもそも本当に実在するのかどうかさえ疑わしい。少なくとも単体のTVムービーとして製作されたこの第一作ではそれを強く感じる。罪人(堕天使)が現れたときにだけロス警察内に出没する座敷童のような天使、それがコロンボなのかもしれない。(コロンボ役のピーター・フォークは後年、他の映画おいても近い役回りを与えられている)
 ところでシリーズ化されてからのコロンボは、ホームズを意識したスタイルをとっているようにも思える。マントのかわりにコート、帽子のかわりにクシャクシャの髪型、パイプのかわりに葉巻。ゆらゆらと煙にのって思考が揺蕩う。ワトソン役がいないって?ワトソンは、探偵の推理を聞かされる役。常識的な意見を返して、ホームズに揶揄される。コロンボが推理を聞かせる相手は、他ならぬ犯人。こんなに犯人と語る探偵もいないし、犯人も付き合いが良すぎる。自らワトソン役を買って出ている。もっとも最初のうち揶揄されるのはホームズの方だが。




出演:ピーター・フォーク、ジーン・バリー、キャサリン・ジャスティス
監督:リチャード・アーヴィング 製作:リチャード・アーヴィング
脚本:リチャード・レヴィンソン、ウィリアム・リンク
撮影:レイ・レナハン
音楽:デイヴ・グルーシン
メディア:TVM
上映時間99分
1967年アメリカ

刑事コロンボ 殺人処方箋 (竹書房文庫) (文庫)ウィリアム・リンク, リチャード・レヴィンソン 著
刑事コロンボ完全版 DVD-SET 1 【ユニバーサルTVシリーズ スペシャル・プライス】



お気軽にご意見・ご感想をお寄せください!

お名前/ハンドルネーム:

もしよかったらe-mail:

性別:男性 女性

お読みになったテーマ(TV):

いかがでしたか?:面白かった そうだったのか! 自分の解釈とはことなる その他

ご感想





ページの先頭へ